代表理事メッセージ
母国の医療アクセスを向上させたい
―大地震の被害を受けた母国を日本からなんとか救いたい
その一心で参加したネパールでの医療支援活動。思えばそれがASHAとしての活動の始まりでした。
日本で医師免許をとったために現地での医療活動をしたことがなく、現地の状況に打ちのめされることも多々ありました。健康に何ら問題がないにも関わらず、「医者が来る」という物珍しさから出張診療に来る人々、簡単な診療と少しのお金で解決できるようような健康問題であってもなかなか改善するための努力をしようとしないお年寄り。そんな母国の医療状況を見てショックを受け、何とかしたいという想いが強くなりました。
現地で実際に活動したからこそ日本からでもできる支援活動があることに気づき、同じく代表理事である任と共に活動を続けることにしました。母国ネパールの人々が医療を気軽にそして効果的に受けられるように。そのためのシステム構築を始めるところから、本格的にASHAとしての活動が始まりました。
すぐに解決できるような健康問題も、手段を知らなければ解決しようとしなくなってしまう。医療は受けられても継続的な治療が難しいためになかなか病気が治らない。そんな人を一人でも救うべく、これからもさまざまな方法を模索していきたいと思います。
ASHAの設立から8年目を迎えました。特にコロナ以降、プロボノメンバーが増え、団体の規模が大きくなったことで、多様な企画が立ち上がり活動がより活発になっています。これまでたくさんの出会いに支えられ、ASHAとしての活動を推進してくることができました。規模が大きくなったからこそ、メンバーが本業とのバランスを取りながら、活動に参加して楽しい、団体に関われて嬉しい、と思ってもらえるような団体にしていきたいです。
これからも母国ネパールの人々が医療を気軽に、そして効果的に受けられる環境の実現を目指していきます。
代表理事
サッキャ・サンディープ
新しい仕組みがネパールの医療を変える
私がサッキャと出会ったのは、2015年4月25日のネパール大震災のまさに前日でした。学部時代の卒論のテーマがネパールの医療システムだったこともあり、私たちはすぐに自分たちには何ができるかを探し始めました。そして2015年9月、サッキャが4年振りに来た医者だという、震源地近くの小さな村で、簡易出張診療を行いました。何か貢献したいと思い村へ行った私たちでしたが、何とも言えない違和感に襲われました。
―たった1回の診療で、私たちは結局何ができたのだろうか
設立から8年が経って、医療機関から遠いところにも医療へのアクセスを提供すべく、テクノロジーを活用しながら地域住民自身によるケアの体制を構築したり、中学生向けに応急処置の特別授業を行うなど、活動の幅が広がってきました。今後も「Affordable and Sustainable Healthcare Access (持続的かつ人々の手が届く医療へのアクセス)」の実現を追い求めて、私たちの活動を必要としてくださる人々と共に、この時代だからこそできる社会のあり方を模索していきたいと思います。
多くの方のお力添えにより、当初は6人の大学院生で設立した団体でしたが、今では50名を超えるプロボノメンバーが活躍する団体にまで成長することができました。その過程でASHAは「想いと経験や知見を持つプロボノメンバーが集い、新しい社会のあり方を模索するプラットフォーム」として活動していくことも決めました。
多くの方との縁で紡いだこの仕組みが、健康で暮らしたいと願う人々の「Basic Health Rights」に繋がるように今後も活動を続けていきたいと思いますので、応援いただけますと幸いです。
代表理事
任 喜史